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瞑想CD by ノボ(コペルニクス的転回編)

<前のブログの続きです>
「こここここここここれで、なんとか浮き上がるのだ。」と思って到着したばかりのCD聞くわけです。

そして、

昼には瞑想CDを聞いて爆睡。
夜には瞑想CDを聞いたまま即寝。
さぁ、いよいよ翌朝です。

起きても、別にあんまり心境が変わった感じはしないなぁ。
やっぱり、自分の2極性を感じてしまうもの。

と、思いつつも、一日過ごしてみると、微妙な変化が....
意識の分裂は引き続き感じつつも、それにまつわる苦しさがなんとなく減ったような気がする。
あれれ?

瞑想CD到着後、2日目のお昼の瞑想では、とうとう全部聞き通しました!やればできる!

Gentle歩のほかにも、いくつかのハワイ語を使って、私のエネルギーを統合に向けてくれています。
瞑想が始まると、波動はすぐに感じるのだけど、最後まで寝なかった今回は、とくに後半10分のときに今まで感じたことのない波動の感じ方をしました。私、本当に24時間、体のあちこちでにいろんなエネルギーの感覚を感じるから、ちょっとやそっと波動を感じても驚かないんだけど、
このときは、尾てい骨や、背骨がびりびりして、ああ、めずらしいって思いました。リコネを誰かにやってもらうときにしろ、オートマチックに波動を感じるときにせよ、どちらかというと体の表面で波動を感じることが多いのだけど、今回は体のずっと奥なんだもの。

とはいってもまたもや意識の拡大はなしね。しょぼーん。
ちょっぴり不本意....

さらに2、3日、睡眠瞑想しつつ過ごしていると、とうとうその瞬間がやってきたのです。

「意識の拡大の瞬間が!!!!」って、続けたいところですね。
(もう先を読まれていると思いますが、)残念ながら、それではありませんでした。
その真逆。

「もういいや、意識の拡大はもういいです。」って突然受け入れてしまったのです。

これ、きっと人からみたらたいしたことに見えないよね。
でも、まじで5年間毎日思い焦がれてきたことなのよ。
そうゆう体験を早くしたいものだと、しょっちゅう思い。セミナーに行ったり、高波動を浴びたり。
「すべてのエゴの欲望は喜ばしくないものだけど、『意識の拡大』を求める欲望だけは持つべき欲望である」という言葉が私の思考(つまり私のエゴ)のお気に入りでした。
ひそかに「意識さえ拡大できれば、私は満足できるかも」というい考えにとらわれていたんだと思います。

「もういいうやっ」て言っても、投げやりに「あきらめた。」という感覚ではまったくなくて、
「流れに沿う」ことを受け入れた感じ。
自分の思考をそこに向けないという感覚です。

だって、意識の拡大を目指して、瞑想したり、セミナーにいったり、聖地にいったりするたびに、私にこれまで何が起こってきたかというと、「お客さんが増える」とか、「仕事のチャンスがやってくる」とか、
「(特に仕事にまつわる)必要な人に出会う」とか、そんなのばっかり。
それが今の私の道なんだわ。

そういえば、
この数週間前に、瞑想仲間と雑談しているときに、こんな話題になりました。
人間みな意識的であろうと、なかろうと、自己の本質に立ち返る旅をしているわけだけど、その旅の仕方に4種類あるそうな。。。。
1 きつい修行をして、早く旅をまっとうする。
2 らくで楽しく、しかもすばやく旅をまっとうする。
3 らくで楽しい長旅。
4 きつい修行をしながら、長旅をする。

私は、ぜったい自分は1番の人だと信じ込んでいました。でも、そのとき、友人たちはみな、1を選んだのだけど、私は3だったのです。
(誰も2を選ばないところが、不思議よね。)
「時間は線的なものではなく今ここにすべてが入っている」とか、「自分が多次元の存在であり、
他の次元の自分はまた違う状態にある」とかって考えたら、この分類もまったく意味をなさない
分類だし、これすら思考の産物だって思っちゃえば、まったく意味をなさないけど、
そんなに深くは考えてなくて、気軽に雑談をしたときに、ポロって言っちゃったのです。
その後、3を選んだのが意外で、ずっと気になっていました。

それが、ふに落ちたのです。

「あれ?私って自分で言うほど『意識の拡大』っていうポイントに、それほど真剣じゃなかったんだ。
それよりも、らくで楽しいラインで長旅をすることを今は味わいたかったのか・・・・」って受け入れちゃった。

そうしたら、大復活!!!!
あの一週間はなんだったんだろう?みたいな…
『2008年はリセットの年で、これまでクリアしたと思っていたことで、クリアしきれていなかったことが再浮上しリセットにさせられる年だ』というようなことを教えてくれた方がいらっしゃいました。
そして、ノボも今年は、選択を迫られる年だと言っています。なんか、ぴったりな感じ。

それにしても、あまりに違う渡辺さつきちゃんの体験と私の体験。
二人は、引き続き瞑想CDを聞きいていますが、やっぱり違う体験です。
ためしに、さつきちゃんに私のを聞いてもらったけれども、あまりにも頭が空っぽになるそうで、
さつきちゃんには、あまり必要なもの感じはしないようです。

以前のあたしだったら、さつきちゃんのほうが「偉い体験」で、
私のは「意識が低い体験で修行がたらない」とかってちょっと卑屈な気分になったかも。
今は、みんなそれぞれ道があって自分の流れの道を進んでいるだけなんだって感じます。
まったく違う個性をもちつつ、同じ大きな流れの中に存在しつつ、それぞれの道を進み、お互いにインスパイアし合っているんだってすごく思えます。

いずれにしたって、いつかは、かならず、すべての人が真実の自分の存在=自分の本当のホームを思い出すわけだしね。きっと、たぶん.....

で、二重性はどうなったかっていうと、そのまんまありますよ。
相変わらず、静かな自分は味わうことはできません。
でも、それが苦しいという感覚はないですよ。今のところ....
苦しいどころか、ちょっとおもしろがっているフシさえあるような。
こんなにまで思考の私と、静かな私の接点がないように感じるのだから、
リコネクティブ・ヒーリングみたいなタイプの周波数/エネルギー系ヒーリングの導管には向いているかもなぁ、とかね。
どう考えても導管は空っぽな私の方が担当してくれてますから....

そういえば、初回の爆睡で見た夢は、こんな感じ。
  おかだあゆみ(私)は、セドナのような日本のような山のふもとの一軒家に一人ですんでいます..... 

<続きは、また明日♪>

コメント (2)

でぐち:

おかださん、こんにちは。なんか想像通りの展開でした。2008年は選択の年ですか。これは私も実感しています。一軒家に一人で住む・・・ちょっと寂しい。私もそうだけど^^。それでは、またお元氣で!ありがとうございました。

>でぐちさん、
他の方にも、さみしいって指摘されましたよ。
いや、別に寂しくくなかったんだけどなぁ。

想像どおりの展開ですね。そうだよね。
コペルニクスとか書いて、誇大広告で訴えられるかも(どこに?)

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2008年09月16日 11:16に投稿されたエントリーのページです。

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