そろそろセドナ滞在も終わりに近づいてきました。
自分の自由な時間になって、セドナでスピリット・ツアー・ガイドをやっているお友達のイルちゃんに、 有名なボルテックスの中にあるわりにはみんな知らないメディスン・ホイールという儀式の遺跡や、地元の人たちのおしゃれ服のお店につれていってもらったり、ノボの家に遊びにいったりしました。
イルちゃんとは、セドナ初心者のときに、個人ツアーをお願いして、知り合ったのだけど、
自力でセドナにきて、スピリチャルな個人ツアーをお願いしたいなーって思っている方には、イルちゃんは、超おすすめですよ。普通のトレイルとはちょっと違う、人にはあまり知られていないスペシャルな場所につれていってくれたり、むちゃ楽しいです。
彼女は、あちこち自分ひとりで直感で歩いて、いろんなエネルギースポットとか、
波動のよい場所とか見つてきたそうな。
「6月はやっぱり炎な変容な月だよね?6月って、物や人で、もう自分の役にたってないのに手放してないものがあったら、混乱とかが起こって、もう本当に手放すってことが起こるエネルギーなんだって。そこで、手放さないと、どんどん混乱が深まるらしい」
「そう、やっぱりそうなんだ!」
「最近、風をヒーリングを使いたいってすっごく思うんだけどさ….」
「あ、歩ちゃんも、風きてる? 最近、風がすごいんだよ」とか、
彼女と話していると、言っていることがすぐつながって、話が早い!
不思議な太陽ビデオとイルちゃん。
セドナでの一ヶ月も、もう本当に終わりが近づき、
とうとう、あと2日を残すところとなりました。
最後の2日間は、ノボ家に滞在。
わし 「ノボ?」
のぼ 「いぇーす?」
わし 「あのさ、6月は、手放すべきものを手放さなかったら、混乱が深まるって月だよね?
ずっと、ここ数ヶ月間、手放そうとしてきたことがあって、潜在意識の掃除で、それにもかなり取り組んできたんだけど、いまいち手放し感がないまま、6月になっちゃったんだよね。
6月は自分のためにならないことを手放さないでいると、事体が悪化して、混乱が起きて、手放さざる終えなくなるエネルギーのはずだから、最終手段で、その手で手放そうと思ったんだけど、たいした混乱も起きなかった。
もう7月4日だよ。
正直、ほんと、混乱して、事件が起こってくれたほうがよかったとさえ、思ったぐらいだよ。
どうゆうことかな?」
のぼ 「そのことに対する期待とコントロールを手放しなさい。」
わし 「といわれましても、努力してきましたが。。。」
期待もコントロールもしているつもりはないんだけどなぁ。
あ、もしかして、自分のやり方で手放すそうと努力することさえ、コントロールの一つになるかもなぁ。
確かにさ、2ヶ月ぐらい前までは、状況を改善しようと努力してたわけよ。
“必要な”努力ってある程度必要じゃん(意味をなしてない悪い日本語です(笑))。
ああああ、そうか! 対人関係を改善しようとしての努力だったから、努力目標の中に相手が含まれちゃったんだなぁ。
だから、コントロール。
相手にどうしてほしいとかはなかったけど、相手のとの状況を改善しようってことを強く思ってました。
つまり、純粋に自分のことだけではなかったんです。
でも、努力しないとしたら、どうしよう?
努力しないで、流すってこともやってみた気がするんだけどな。
それもいまいちだったしな。ちっ。
と、これだけのことを、瞬時に考えていると、
のぼ 「バーニング・ボールをやろう」
わし 「はぁ?….い」
この【?…..】の一瞬にも、ものすごい大量に思考をめぐらせました。
まず、ホオラウリマ ポノ ツアーで、カセドラル・ロックのアセンションポイントでバーニングボールをしたときに、
一人ひとりが大きくシフトした表情をみたときのこと。
いやー、あれ、すばらしかった。
みんなの目に★が入ってたもん。あ、☆ね。
でも、そのときは、私はやらなかったの。
時間の都合上という『言い訳』で、最初からするつもりがなかったの。
2年前にもバーニング・ボールしたことがあったのね。
そんときには、正直、なんか、手放すって感じがなかったのよね。
でも、そうゆえば、あのときって、私自身、基本的に思考・感情の乱れが少ない状態で、
バランスが整っていたし、バーニング・ボウルのテーマもすでに自分の中でそうとう終ってたことだったし、それで、インパクトが薄かったかも。
まぁ、とにかく、もう、手がないからとにかく儀式やってみるか!
みたいことで、「はぁ?」の後に「い」を付け足しました。
この儀式はひじょーに、シンプルです。
マントラも、祈りも、ドラミングも、そうゆう、いかにも儀式みたいなことは一切必要ありません。
これ以上ないほどシンプル。
(1)手放したい人に手紙を書きます。
状況を手放したい場合、それにまつわる人っているよね。
そうした人に手紙を書きます。たぶん、自分のある部分でもいいんだと思います。
手紙の相手はケースバイケースになるかな。
その相手に対して自分はどんな風に感じているのか、正直に自分の感情を書きます。
(2) こんどは、手放したいことを手放した後、自分はどんな風に生きて生きたいか、
自分自身に向けて手紙を書きます。
(3) 2つの手紙をむちゃくちゃ感情を込めて、激しく本気で読みます。
(4) 2つの手紙を燃やします。
これだけ。
手紙を書くところだけで、そうとうな解放・理解・許し・受け入れになるので、
手紙を書くのに数日かかる人もいます。
でも、わたし、夕方にはシャトルバスに乗って帰るので、さーっと10分で仕上げました。
いろんな思いはあるかもしれないけど、エッセンスにフォーカスしたら、こんなもの。
それにずっと取り組んできたことでもあるしね。
ノボと二人でノボの家の裏に向かいます。
手紙を読みます。感情を込めて読むのだから、とうぜん音読。
そして、手紙を鍋の中に入れて、燃やしました。
なぜ鍋なのか?
便利だからです。これだと、いろんな場所にもっていけるし。火を使っても安全です。
儀式自体は、ほんの15分で終了。
たしかに気分は軽くなっています。
やってよかった!
自分の肩の荷が降ろせた、そんな感じ。あとは、自然の流れにまかせるのみ。
自然のエネルギーの中で最大なものは、慈悲なのだから、慈悲にまかせるのみ。
それから数時間後、何気なくメールをチェックしていると、
手紙を書いた相手からメールが届いていました。
ちょうど、儀式をやっている最中に送信されています。
その人からそうしたメールが送られてきたのは半年以上ぶりでした。
超簡単にいうと、いろいろと人間関係の中で誤解が生じるようなことがあったのだけど、それが本当に誤解であることが、ようやく理解できるような内容でした。
だからといって、起こってしまったことが変わるわけでもなく、状況にも変化はなく、
ただ、私も相手に対して誤解があったんだなということを確認できました。
ほんとは、こうゆうタイミングって、人生の節目節目や、瞑想リトリートに参加後とか、セドナとかではよくあるから、そんなに驚かないんだけど、
今回は15分程度の儀式中って超ピンポイントだったら、ちょっとびっくり。
今回、バーニング・ボウルをしてみて、かなり目から鱗だったことがあります。
それは、『手放す』ってことが、自分がイメージしていた手放すことと違うかもしれない、ということです。私の場合、まるで違いました。
手放すというと、縁が薄くなっていくイメージがあるでしょ?
でも、私はより深くご縁を感じるようになりました。そんな気分になるなんて、思ってもいなかった!
ですが、もっとびっくりしたこと、というか、本当に嬉しかったことは、日本に帰ってきてから起こりました。起こるっていうと過去ですね。日本に帰ってきてから起こり続けています。
その一つは、バーニング・ボウル後に感じた肩の荷をおろして、宇宙を信頼している感覚がずっとづづいていること、信頼感ってこんなことか、わかる感じ。
分析型のわたしには、信頼するとか信念を持つとか、実は簡単なことじゃないのです。
そして、もう一つは.... <続く>
