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平謝り30分

明日21日、ゆっきーさん、コーイチさん、れいこさんの3人による☆ラブ・スパイラル Vol. 7☆でハートの瞑想をします。

満席になってしまっているのですが、午後3時20分〜午後4時までハートの瞑想をしますので、ご都合のよろしい方々は、是非、ご一緒しましょう!!!

ハートの瞑想はこんな感じでやります。
もしよかったら、一緒にこれをやってみてくださね。
ご自分なりの瞑想を一緒にしていただいてももちろんOK。

1.ご自分のハート(自分の神様性の宿る場所)に両手を重ねておきます。
2.呼吸に意識を向けます。
3.癒しを必要とされている方をイメージします。まずは、自分のことから始めましょう。
4.その方の苦しみ、痛み、病気、怒り、などの不調和を黒いタールのようなものとイメージし、吸う息とともに自分のハートに吸い込みます。
5.吐く息とともに、苦しんでいる方に光・愛・ポジティブな癒しのエネルギーを送ります。
その苦しみが和らぐようにとの思いで、息を吐きつつエネルギーを送るイメージを持つという感覚です。

ハートは神様性のやどる場所です。神様に不可能も間違いもありません、そして常に癒されています。マインドはうまくできたかなと心配することもあるかと思いますが、神様性はかならず、癒しのエネルギーを広げてくれます。安心して、自分自身も癒されていくという感覚の中で瞑想してみてください。

普段、瞑想会などで、ハートの瞑想をするときには、自分の中や、自分の家族、知り合い、地球上の人たち、そして宇宙の中にある“いわゆる(えーとつまり、正直、自分にとって嬉しくない)”否定的なエネルギーをポジティブなエネルギーに変換していってます。

でも、明日は、被災していらっしゃる方、命がけで救助する方たちなど、人間さんたちだけではなく、燃料棒さん、プルトニウムさんやウランさんの悲しみ・痛み・苦しみも変換してまいりたいと思います。

昨日は、プルトニウムさんと、ウランさんに意識を向けて祈ってみたのですが、
とっても感じるものがありました。

とある掲示板で、「燃料棒さんの深い悲しみを感じる。決死の覚悟で原発作業中の皆様を、全面支援するにはどうするか考えたら、原発燃料のスピリットさんにご協力をお願いするということを思いついた.....」という内容を書かれているのを読みました。

それで、昨日、自分の想念観察として、
プルトニウムさんと、ウランさんに意識を向けてみようと思い立ったわけです。

するとやっぱり私も悲しみを感じ始めました。自分が彼女たちのような扱いを受けたら、どんな気がするでしょうか?

本来の自分らしくない道を歩まされていることへの悲しみ。
他の存在の快楽のために、自分らしくない道を歩まされ、挙句の果てに、けだもの呼ばわりされ、そして、忌み嫌われる。そうしたことへの憤り、深い悲しみ、あきらめ、

自分の意思でではなくて、モノとして暴力で陵辱されて、
その後、用済みになったら、邪魔者として捨てられた女性のような。。。。
そんな感覚にも近いような気持ちがわいてきました。

自分を恥ずかしいと思うよう感覚も。。。

もともとはプルトニウムさんだって、ウランさんだって自然界の鉱物なわけで、
自然の存在はもともとは調和の中にただ存在しているわけで、
そして、私たち人間の意識もムチャクチャな試行錯誤を繰り返したり、
忘却の中にどっぷりつかりながらも、のろのろと(いまは、スピードアップしてますが)調和の状態に戻ろうとしているわけです。

燃料棒さんは、自分だって、熱く燃えて放射性物質を出したりしたくないのに、どんどん熱くなってしまって、どうしようもなくて、とっても困っているかもしれません。
多くの人の迷惑になってしまっていることへの、とほうもない困惑。
そして、辱めを受けて、汚れてしまったようなそんな感覚。

それから、こんなふうなイメージもわきました。

自分にとってふさわしくない環境におかれ、本来の自分とは違うことを押し付けられて、心に傷を負ってしまって、そのせいで、うまくまわりとコミュニケーションがとれなくなって。。。。
本当は静かでやさしいところがあるのに、ついつい人や自分を攻撃してしまう。
そんな自分を癒そうと一生懸命いろいろやってきたのだけど、
自分にとって苦手な刺激を他者から受けると、無意識の反応で人を憎んだり、自分を責めたりしてしまう。そして、そんな自分をだめな人間だ、どうしょうもない、恥ずべき人間だと思ってしまう。そんなことの繰り返し。

これは、もちろん、私の心の世界の投影なので、普遍的な真実ではありません。
私の世界の物語です。
ただ、私の体験している世界は、私と別物ではありません。
だから私は、燃料棒さんに意識を向けることで、起きてきた、こうした感情を中和していきました。

そんな風に扱ってごめんなさい。
自分の欲望のために、あなたを辱めてごめんなさい。
あなたの体をぼろぼろにしてごめんなさい。
苦しめてごめんなさい。
邪魔にしてごめんなさい。
ありのままのあなたを、自分の思い通りに使おうとしてごめんなさい。

もう、30分間延々と平謝りでした。
通常、想念観察するときには、純粋な可能性に戻すところまで、瞑想していくのですが、昨日は、とにかく平謝り。

もし、この感覚がご自分と共鳴する方がいらっしゃったら、
どうか、その気持ちを燃料棒さんに向けてください。

最近、ブログが、私の想念観察日記のようになっちゃって、
一日中想念観察の中で謝ったり、祈ったりばかりの生活しているように見えるかしら。
もちろん、そんなことはなくって、想念観察はいずれにしろ毎日することだし、真剣ではあるけれど、深刻に陥っちゃわないようにバランスとろうとしております。やっぱり、たくさんニュース見ていると、すっごく深刻になっている自分に気が付くもんね。

バランスをとるには、友達との楽しい会話や、ご飯を楽しくいただくのもそうだけど、今、結構気に入っているのは、ゆっきーさんのブログで紹介されてきたデーブ・スペクターさんのツイッター http://twitter.com/dave_spector

デーブさん本人はがっかりかもしれませんが、面白いというよりも、日本語の使い方はこの人にかなわないと関心してしまう(笑)。

それに、わしと違って、誤字脱字なし。うらやましー。

もしかして、ラジニーシみたく、本人に代わってジョークを考えてくれる人がいたりするのかな?(ラジニーシさんには、そうした人が何人もいたそうですよ)。